#地下鉄




「面白い話をしてあげましょうか」


備え付けのベンチに腰掛けた少年が、隣に座っている青年に話を振った。青年は瞬きひとつせずに、薄暗いホームの錆びた時計を凝と見上げている。
少年は長い脚を組み替えると、青年に聞こえる程度の声で呟いた。


「俺、実は宇宙から来たんです」
「……嘘つけ」
「本当ですよ」
「虫は宇宙から来たとかいう話があったが」
「ははは、俺って虫ですか」
「そうだ」
「…それは嘘でしょう」
「本当だ」
「はははは」


然も愉しそうに少年は笑った。人気の疎なホームに乾いた声が響く。青年は無機質な視線を少年に向かって投げかけたが、直ぐにまた時計へと視線を戻した。二人の前を何台もの列車が通り過ぎてゆく。

不意に、少年が笑うのをやめた。玩具の螺子が切れたような旱魃とした印象に、青年は首を僅かに動かす。それに気付いた少年はまた大声で笑い出した。―――青年は再び、正面に向き直る。




「はははは、ねえ、面白いと思いません?もし虫があんたが言うように宇宙から来たんだったらそれ神様の遣いって事ですよね。だったらその虫をぶちぶち殺してる俺たち人間には罰が下りますよ」
「……………」
「いっその事皆虫みたいにぱたぱた死んでったら面白いですねえ。だって人間がいなくなれば地球って平和になりますよ。はははは、嘘です」


笑顔で一気にまくし立てると、少年はふらりとベンチから立ち上がった。よろめく動きに合わせ、制服のマントが緩慢に揺れる。少年がホームの縁に立つと、迎えるかのように一台の列車が滑り込んできた。


「…じゃ、さよなら。俺もう二度と帰ってきません」
「嘘だな」
「本当ですよ」
「嘘だ」
「……はは」


目の前で開かれた扉の奥へ、少年は身体を潜り込ませた。青年は相変わらず時計を見上げている。少年は、青年に聞こえる程度の声で呟いた。

「…俺、結構あんたの事好きでしたよ」


その声に、初めて青年は視線を合わせた。



「嘘だな」
「…………」



ホームにか細い笛が鳴る。車掌がぐるりと辺りを見回し、タラップから素早く運転室に引っ込んだ。列車の扉が静かに閉まる。

誰にも聞こえないように、少年は呟いた。



「………嘘ですよ」




少年に一瞥をくれると、青年は反対側の列車に乗り込んだ。






fin














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