#片足





「わー、これかわいいですね」

少年が物珍しげにひょい、と何かをつまみ上げるのを見、青年はうんざりと溜め息をついた。アスファルトからは鬱陶しい熱気が絶えず煙立ち、苛つく精神を更に助長させる。


「……いい加減にしろ。こちとらもうお前の冷やかしに付き合ってる余裕はねえんだよ」
「つれないですね、折角のデートなのに」
「どこがだ!……、ったく」

声を張り上げた瞬間軽い眩暈に襲われ、青年は内心舌打ちしつつ眉間を押さえた。猛暑の中、連日の部活と睡眠不足、加えて買出しの命令にこの後輩。最近また酷くなってきた胃炎も追い打ちをかける。
無言の抗議を込めて、青年は少年に思いきり非友好的な視線をぶつけた。しかしそれは少年の完璧ともいえる天使スマイルの前には無力だったようで、何もなかったかのように受け流されてしまう。


「ほらほら、先輩……そんな怖い顔しないでこれ見てください、これ」

少年が差し出した掌の上に乗っていたのは、生後何ヶ月かの乳児に履かせるようなキャラクターものの靴だった。


「…なんだそれ……」
「靴です」
「見りゃわかる。なんでそんな物持ってんだ」
「ここに。安売りだそうです」

少年の指差した先には、『SALE』と見出しの掲げられた一角があった。見ると、大きな台の上に同じような靴が大量に並べられている。この時期、店頭でよく見掛ける光景だった。

「そんなもん要らねぇだろ。元に戻してこい」

青年が命じると、少年はもう片方の手をつき出した。


「2,016円」
「…?」
「この靴の代金ですよ。端は俺が持ちますから先輩半分の1,000円出してください」
「は、………?」


開いた口が塞がらないとはまさにこの事である。少年の笑顔と掌の上の靴とを交互に眺め、青年はひどく間の抜けた声を出した。


「おまっ…お前そんなモン買おうってのか?」
「はい」
「しかも俺に半分出せと?」
「はい」
「お前正気か?」
「はい」
「…………だったら一人でやってろ。俺はもう行く」
「先輩のケチ」
「高校男子にもなってそんな靴買えるか!大体何に使うんだ」
「いえ特に。かわいいと思って」
「………」

少年の表情は至って真面目である。青年は、先程とは違う種類の眩暈に襲われはじめていた。






「………………」
「………………」







***********



「あはは、『仮面ライダー●●●』とかって懐かしいですねぇ」

少年が楽しげに呟く隣で、大きな紙袋を抱えた青年はげっそりとした表情で歩を合わせている。

自分のポケットマネーから札が一枚無くなっている現実に、青年は溜め息をついた。何だかんだ言って自分はこの後輩に逆らえない部分がある。大体高校生にもなってこんな靴を可愛いと思う時点で変なのだが―――と、そこまで考えてそんな人間に引っ張りまわされる自分はそれ以上に変だと気付き再び溜め息をついた。


「…おい、学校着く前にそれ隠せよ。部費で買ったと思われたら面倒だ」
「分かってますよ……あ、先輩、はい」

少年は、片方の靴を青年に差し出した。

「………?」
「片方先輩にあげますよ。てか半分は先輩のお金ですし」
「馬鹿、そんなん要らねぇよ!」
「なんでですか?」
「…お前ほんとに正気か?……大体靴なんざ両方無けりゃ意味ないだろ」
「だからです」
「?」
「両方ないと意味がないから二人で持つんです」




そうして少年は、あの天使のような微笑みを浮かべた。

















炎天下の中、重そうな荷物を抱えて歩く人間がふたり。
彼らの制服のポケットは、何故か小さく膨らんでいる。








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