街で見かけた人間は、自分と同じ箱を持っていた。





[in the box]



カフェから窓の外を見た瞬間、真っ先に目についたのがそれだった。白くて何の装飾もない、両手にすっぽり収まるくらいの大きさ。俺は二、三度瞬いてそれからテーブルの上に置いた自分の箱を見つめた。やはりただ白いだけのその箱は、薄暗い店内の中で少し浮いている。もう一度窓の外に視線を移すと、俺と全く同じ「箱」を持った彼は交差点前に差し掛かっていた。

「すみません」

俺は急いで代金を払うと、走って彼を追いかけた。そしてあと数メートルというところで歩を緩め、気付かれないように尾行する。

どうしても俺は、彼の箱の中身が知りたかった。



交差点を過ぎると、彼は早足で近くのバス停に駆けこんだ。間もなく赤塗りのバスが到着する。ひとしきり人の流れが落ち着いたところで彼はバスのタラップに足をかけた。俺もそれに続く。

込み入った車内をかきわけ進むと、彼は首尾よく空席を見つけたのか、安心した顔で窓際の隅に腰掛けていた。隣には勿論あの白い箱が置いてある。俺は素早く彼のもとに行くと一言「ここいいですか」と話しかけた。

「どう゛ぞ」

長い袖で鼻を擦りながら、彼は箱を膝の上に移動させた。俺もそれに倣って座る。しばらくして甲高いベルが鳴り、バスは左右に揺れながら進みはじめた。


数分後横目で彼を覗き見ると、すうすうと穏やかな息をたて寝入っていた。これはまたと無い好機だ。俺はそっと彼の抱えている箱に手をかける。

「次は―――前、―――前でございます」

車内放送が響き渡ると、彼は僅かに目を開け電光掲示板を確認した。すると弾かれたように頭上へ手を伸ばし、小さく光るボタンを押す。

……しまった、こんなに早く降りるとは思わなかった。


彼は眠そうに目を擦りながら座席を立つと、箱を両手で大事そうに抱え出口へと歩いていった。けれどもその瞬間、慌てて駆け込んできた女性と派手にぶつかる。彼は尻餅をつき、同時に抱えていた箱も床に転がった。


「あっ」


箱の蓋が開き、でろりと潰れたバースデーケーキがこぼれ出る。


女性は彼に平謝りし、対する彼は笑って許していた。結局バスは数分遅れたが、床の掃除も終了して何事もなかったかのように再び動き出す。





俺は心の中でひどく残念がっていた。――あの時、彼の箱の中から自分の箱の中身と同じものが出てきていたら!そうすればきっととても面白いことになったのに。


「ね、そう思いません?」


俺はそっと、箱の中の生首に話しかけた。



fin.




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